松尾歩八段、山崎隆之八段、阿久津主税八段、橋本崇載八段という4棋士の活躍を、私は15年ほど前から期待してきました。
しかし、若手棋士に先を越され、いまだにいずれの棋士もタイトルをひとつも穫れないままです。
これらの棋士を本記事中では「中堅4棋士」と呼ぶことにして、将棋歴15年以上、将棋アマ四段の私が考えたことを書いてみます。
なお2022年4月、ABEMAトーナメントにおいて「山崎、阿久津、松尾」のチームが結成されました。私は大興奮しております!
活躍できない「中堅4棋士」
中堅4棋士は年齢が近く、いずれの棋士も若いときから将来の活躍が期待されていました。
生年月日と更新時点での年齢は以下の通りです。
- 松尾歩:1980年3月29日(42歳)
- 山崎隆之:1981年2月14日(41歳)
- 阿久津主税:1982年6月24日(39歳)
- 橋本崇載:1983年3月3日 (39歳)
- 年齢は2022年4月時点
この4人は順位戦で初めてB級1組に昇級した時期も近いです。
- 山崎隆之:2008年
- 松尾歩:2009年
- 橋本崇載:2011年
- 阿久津主税:2011年
いちばん上のクラスであるA級の一歩手前のB級1組に昇級するのは大変なことで、若い時期に昇級すれば、将来は有望です。
その後数年もすれば、4人全員がA級に上がるかと思われました。しかし、実際には中堅4棋士は現在でもA級へ定着できないままでいます。
橋本八段は2012年に、阿久津八段は2014年と2018年にA級に昇級しましたが、いずれも1期でB級1組に降級。
山崎八段は2021年についにA級に昇級したものの、1期で降級。
そして、松尾八段にいたっては、一度もA級に昇級できいません。13期連続でB級1組にいて「B級1組の番人」などと言われいましたが、ついに2022年3月にB級2組へと降級となってしまいました。
このように中堅4棋士は順位戦では長年B級1組が定位置。さらにB級2組へ移っていってしまっているわけですが、タイトル戦の実績はもっとひどいです。
この4棋士のうち、タイトルに挑戦したことがあるのは山崎隆之八段が王座に1回のみ。
そして、誰一人としてタイトルを獲得できていないのです。
「羽生世代」後もタイトルが穫れない
松尾八段、山崎八段、阿久津八段、橋本八段はそれほど交友が深いわけではないかもしれません。
しかし、同年代の実力者ということで、この4人の棋士をひとつの「世代」として私はとらえていましたし、同様に考える将棋ファンは多かったように思います。
この4棋士が20代のときにはいわゆる「羽生世代」の棋士がタイトルを独占していました。羽生世代の棋士が強すぎるため、4棋士がタイトルを獲れないのも仕方のない状況だったのです。
でも、羽生世代が衰えた後には、この4棋士がタイトルを分け合うような時代がくるのだろうと、私は予想していました。それなのに、いまだに中堅4棋士が誰も一度もタイトルを獲れていないというのは驚きです。
橋本崇載八段が語った「残念四天王」
2019年3月5日、ニコニコ生放送の番組に解説として登場した橋本八段。同世代の棋士の話題になったときのこと。
この記事中の中堅4棋士のことを「残念四天王」と呼んで自虐していました。やはり誰もタイトルを獲得していないことが気にかかっているようです。
一方で、阿久津八段、松尾八段、山崎八段は「天才」だとも語っていました。この三人のおかげで自分の実力も引き上げてもらえたと。
「残念四天王」という呼び方をしていることからも、橋本八段は他の三人と一体感を感じていることがうかがえました。
その後行われた2019年3月14日のB級1組順位戦の最終一斉対局。この日負けた橋本八段はまさかの降級となりました。
中堅4棋士の中からB級2組に落ちてしまう棋士が出てしまったのは、大きな衝撃でした。
タイトルやA級など上を見る戦いではなく、これからは下に落ちないように気をつけながら戦う。そんな時代がやってきたのでしょうか。
2021年4月には橋本崇載八段は棋士を引退しました。家庭で大きな問題があったようですが、もっと橋本八段の将棋が見たかったですね。
より若い世代に追い抜かれた
中堅4棋士はタイトルを獲れていませんが、それは羽生世代がタイトルを独占し続けているからではありません。
羽生世代がタイトルを手放した後、そのタイトルを獲得したのは、中堅4棋士よりも若い世代である以下の棋士たちでした。
- 広瀬章人
- 佐藤天彦
- 糸谷哲郎
- 菅井竜也
- 豊島将之
- 斉藤慎太郎
- 高見泰地
- 藤井聡太
タイトルを一度も獲れなかった中堅4棋士をさしおいて、これだけ多くの若手棋士がタイトルを獲得しているのです。
さらに順位戦でも、B級1組からなかなか脱出できない中堅4棋士に対して、稲葉陽八段と斎藤慎太郎八段は名人に挑戦するなど、すっかりA級に定着。
糸谷哲郎八段や菅井竜也八段もA級に残留しています。豊島将之九段にいたっては、トップ棋士のひとりです。
一方、阿久津主税八段は、B級1組にもとどまれずB級2組で安定しています。上位の若手棋士たちとの差は開く一方です。
豊島、稲葉、糸谷ら、かつて「関西若手四天王」と呼ばれた棋士について詳しくは、こちらの記事をお読みください。
ちなみに、渡辺明棋王は年齢が中堅4棋士に近く、同世代と言えます。
ただ、渡辺棋王は竜王連覇など若いときから実績がずば抜けているので、中堅4棋士と同じくくりでは語れないところです。
もし中堅4棋士がタイトルをたくさん獲っていれば、この世代は「渡辺世代」などと呼ばれていたかもしれません。
なぜ中堅4棋士は活躍できなかったのか
なぜ中堅4棋士はここまで活躍できなかったのでしょうか。「突き抜けた存在が4棋士の中から出なかったから」だと私は思います。
近い世代の棋士が活躍すると刺激を受けるということは、多くの棋士が語っていることです。
実際に、年齢が近い棋士がみんなで実績を残すという例は過去にたくさんあります。
羽生善治九段、佐藤康光九段、森内俊之九段らの「羽生世代」はもちろんのこと、関西の豊島九段、糸谷八段、稲葉八段もひとつの世代として考えられますし、最近では高見七段と斎藤八段が同い年です。
同じ世代の誰かがタイトルを獲得すると、「アイツが穫れるならオレだって」という気持ちになって、タイトル獲得の連鎖が起きるのです。
一方で、中堅4棋士は誰一人としてタイトルを獲れませんでした。だから、タイトル獲得の連鎖が起きるきっかけがそもそもなかったのです。
本来は羽生世代が衰えたタイミングがチャンスだったのですが、そこでタイトルを獲れず、さらにその下の世代に先を越されたのが本当に悔やまれます。
2014年の竜王戦で森内俊之竜王からタイトルを奪ったのが糸谷哲郎七段だったというのが、象徴的なできごとだったと思います。
もしそこで竜王位を奪取したのが糸谷七段ではなく、松尾、山崎、阿久津、橋本のいずれかの棋士であったとしたら。現在のタイトルホルダーの顔ぶれもずいぶんと違っていたのではないか、などと想像するのです。
タイトルの半分ぐらいを中堅4棋士で分け合うような時代が出現して、それが何年も続いたかもしれません。
中堅4棋士の時代はもはや来ないだろう
中堅4棋士がタイトルを複数持つ時代を私は15年ぐらい前に予想して、ずっとその時を待っていました。
しかし、中堅4棋士よりも若い棋士たちがこれだけ実績を残した今となっては、もうそんな時代が来ることはなさそうです。
現在の若手棋士が加齢によって衰えるころには、中堅4棋士はもっと衰えているでしょうから、時間が経つことで中堅4棋士が活躍するようになることは期待できません。
ただ、中堅4棋士が「世代」として大きな流れになることもう無理だとしても、誰かに一度ぐらいはタイトルを獲ってほしいと私は期待しています。
松尾八段、山崎八段、阿久津八段、橋本八段の4人合わせてタイトル戦登場1回、獲得0期で終わりというのはあまりにも寂しすぎます。
このまま若手棋士に勝てないままで終わってほしくはありません。
まとめ
松尾歩八段、山崎隆之八段、阿久津主税八段、橋本崇載八段の「中堅4棋士」について、私が考えたことを書きました。
私はこれらの棋士が好きで、ずっと活躍を期待してきました。中堅4棋士が羽生世代の棋士からタイトルを奪う場面は、けっきょく一度も見られないまま、現在にいたります。
けれども、中堅四棋士が若手棋士からタイトルを奪っって先輩棋士の意地を見せる場面は、せめて一度は見たいものです。私は今でも待っています。
そんな私にとって、第5回ABEMAトーナメントの「チーム山崎」はまさにドリームチーム。「松尾、山崎、阿久津」の3人でどんな活躍を見せてくれるのか、とても楽しみです。