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関西3棋士(豊島将之,糸谷哲郎,稲葉陽)そろっての活躍の理由

 
関西3棋士(豊島将之,糸谷哲郎,稲葉陽)
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梅澤 浩太郎
将棋講師。棋力はアマ四段。 インターネット上で将棋を教われるサイト、将棋マッチを開設・運営しています。 1987年12月生まれ。群馬県在住。 このブログでは自分でイラストを描きつつ情報発信中。叡王戦を支援しています。 将棋を始めたころからずっと、一番好きな棋士は藤井猛九段。 海外旅行が好きで旅行記も書いています。

関西3棋士(豊島将之,糸谷哲郎,稲葉陽)

豊島将之二冠、糸谷哲郎八段、
稲葉陽八段の3棋士。

順位戦でA級に所属し
タイトルを獲得するなど、
そろって実績を積み上げています。

若いころから活躍を期待された彼らが
実際に活躍できた理由としては、
「お互いに競争して高めあってきた」
ことが挙げられます。

「関西若手四天王」から3人が活躍

豊島将之二冠、糸谷哲郎八段、稲葉陽八段は
いずれも関西所属の棋士なので、
本記事中では「関西3棋士」と呼ぶことにします。

この3棋士は10年ぐらい前には
年齢が近い村田顕弘六段と合わせて
「関西若手四天王」
呼ばれていました。

生年月日と現在の年齢を整理すると
以下の通りです。

「関西若手四天王」
豊島将之:1990年4月30日(28歳)
糸谷哲郎:1988年10月5日(30歳)
稲葉陽:1988年8月8日 (30歳)
村田顕弘:1986年7月14日(32歳)
(年齢は2019年1月時点)

このうち、村田顕弘六段は
他の3人と比べると目立った活躍をしていないので、
今回は深く言及しません。

 

「関西若手四天王」と呼ばれていた頃の
関西3棋士の実績としては、
一例として以下があります。

豊島将之:
最多勝利賞、勝率一位賞(2009年)
王将戦でタイトル挑戦(2010年)
糸谷哲郎:
新人王戦優勝(2006年)
稲葉陽:
棋聖戦で挑戦者決定戦に進出(2009年)

若くしてこうした活躍をすると、
その後も期待されることになるのです。

 

関西3棋士はその後も実績を積み重ね、
今やトップ棋士として君臨しています。

まず、3人とも順位戦はA級に所属。

10人しかいないA級棋士のうちの
3つを占めています。

3人の中でも飛び抜けた存在は
豊島将之二冠で、
現在は将棋界で唯一の複数タイトル保持者です。

糸谷哲郎八段は棋界最高位である
「竜王」のタイトルを一期ではありますが
獲得した実績があります。

稲葉陽八段はA級で優勝し、
名人に挑戦しました。

このように、
3人とも大きな活躍をしているのです。

期待通りにそろって活躍中

「関西若手四天王」などと言われた4人のうち、
3人がそろってA級にいるというのは
驚くべきことです。

というのも、
将棋界では若いうちから活躍を期待されながらも、
実際にはタイトル獲得などの具体的な成績を
残せない棋士が少なくない
からです。

先日こちらの記事を書いた「中堅4棋士」は
まさにそんな例です↓

 

中堅4棋士は
関西3棋士よりもキャリアは長いにも関わらず、
4人合わせてタイトル挑戦は1回のみ。

現在A級にいる阿久津七段が降級することが
決まっているため、
来期の順位戦では4人がB級1組にそろいそう。

つまり、順位戦では中堅4人棋士全員が
関西の3棋士に抜かれてしまっています

「中堅4棋士」はまだ全員が30代で、
年齢によって衰える時期ではありません。

それなのに、関西3棋士との実績差が
こんな状況になるとは、
私は10年前にはまったく予想していませんでした。

 

「中堅4棋士」の他にも、
過去に新人王戦で優勝するなどの
実績を残してその後の活躍を期待されながら、
順位戦でA級まで昇級できず、
タイトルに一度も挑戦できていない
棋士は
たくさんいます。

関西の3棋士が10年前の周囲の期待通りに
そろってA級に定着し、
タイトル獲得や挑戦をしているというのは、
本当にすごいことなのです。

お互いの競い合いが活躍の理由か

関西3棋士がこれだけ活躍できた理由は
何でしょうか。

それは、
「お互いに競争して高めあってきた」
ことが大きいと私は考えます。

 

3人の中でもいち早く活躍してきたのは
豊島将之二冠です。

2010年にタイトル挑戦を果たし、
その後も何度もタイトルに挑戦してきました。

しかし、タイトル戦は4連続で敗退し、
苦しい時期が続きました。

 

そんな豊島さんの活躍に刺激を受けてか、
糸谷さんが2014年に「竜王」のタイトルを
森内俊之竜王から奪取。

「関西若手四天王」と呼ばれていた時期からずっと、
この中で最初にタイトルを取るのは
豊島さんだろう
と多くの人が思っていただけに、
糸谷竜王の誕生は鮮烈でした。

 

そして、2016年には稲葉さんがA級に昇級し、
関西3棋士の中でA級一番乗りを果たしました。

さらに、稲葉八段は昇級してすぐのA級で
いきなり優勝し、名人に挑戦。

佐藤天彦名人に敗れて
タイトル獲得はなりませんでしたが、
豊島さんよりも早くA級に昇級して、
しかもすぐに名人に挑戦
したのは驚きでした。

 

そして翌年の2017年には
稲葉八段の後を追うように
豊島七段(当時)がA級に昇級。

さらに翌年2018年には、
今度は糸谷八段がA級に昇級。

関西3棋士がA級にそろいました。

 

そして、豊島さんは2018年に
5度目のタイトル戦にして
ついに「棋聖」のタイトルを獲得

さらに約2ヶ月後には
「王位」のタイトルも獲得し、
豊島さんは二冠王となって今に至ります。

 

この関西3棋士の活躍を
改めて整理してみます。

豊島二冠がつねに一歩先を行って
活躍していたものの壁を破れないでいた

その間に豊島さんに刺激を受けて
糸谷八段が竜王を取り、
さらに稲葉八段がA級に昇級して名人挑戦。

それが良い影響となって
豊島八段がついに壁を突破し、
一気に二冠王となった。

こんな流れです。

 

関西3棋士全員がお互いに刺激を与え合って、
高めあってきたように感じられます。

豊島二冠の何度ものタイトル挑戦がなければ
糸谷八段と稲葉八段の活躍はなかったし、
糸谷八段と稲葉八段の活躍がなければ
豊島さんタイトルを2つも獲ることは
なかったのではないか、
と思えるのです。

将棋界における世代間の争い

お互いに刺激を与え合って活躍した例としては
「羽生世代」が有名です。

「羽生世代」と言われるのは
羽生善治、佐藤康光、森内俊之、
郷田真隆、丸山忠久、藤井猛といった面々。

これらの棋士が
七大タイトルをほぼ独占する時期が、
10年以上も続きました。

 

関西3棋士は「羽生世代」のように、
タイトルの過半数を独占する力
あるように思えます。

ちなみに佐藤天彦名人(1988年1月16日生まれ)も
年齢が関西3棋士と近いので、
世代としては同じです。

 

ただ、世代という意味では、
関西3棋士よりもさらに若い世代も
台頭してきています。

それが同い年(1993年生まれ)の
高見泰地叡王と斎藤慎太郎王座

この二人を中心にした「世代」が
関西3棋士よりもタイトル獲得数を積み重ねていく
可能性もありそうです。

まとめ

「関西3棋士」として
豊島将之二冠、糸谷哲郎八段、稲葉陽八段の
活躍について書きました。

3人がそろってこれだけの実績をあげているのは、
本当に驚くべきことです。

 

活躍している棋士を年齢が近いというだけで
「世代」としてひとくくりにするのは、
適当でないかもしれません。

ただ、関西3棋士に関しては、
プロデビューの前から
お互いに意識して刺激を与えあってきた歴史があり、
3人をひとつのまとまりとして考えることは自然です。

むしろ、3人をバラバラにとらえるだけでは、
その活躍の理由を理解するのは難しいでしょう。

 

まだ若い関西3棋士が
今後どんな活躍を見せてくれるのか楽しみです。

 

 

こちらの記事では
豊島将之二冠に焦点を当てて書いています↓

 

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