「横歩取り」という将棋の戦法があります。プロの将棋を観戦しているとときどき登場しますが、棋士はどんなことを考えこの戦法を指しているのでしょうか。
横歩取りにはどんな狙いがあり、どういった対策があるのか。また、序盤にどんな駆け引きがされているのか。
これらについて、初心者向けにわかりやすく解説します。
後手の「横歩取らせ」戦法
横歩取りは角交換や飛車交換になりやすく、とても激しい戦法です。あっという間に決着がつく場合も多くて、事前の研究がものを言います。
そして、横歩取りという戦法の大きなポイントは、後手が誘導する戦法だということ。
後手の方から戦法を選ぶというのは、お互いに居飛車の将棋である「相居飛車」では珍しいことです。
相居飛車の他の主要な戦法である以下については、いずれも先手から誘導します。
- 矢倉
- 角換わり
- 相掛かり
先手がこれらの戦法を指そうとして、後手が応じれば実現するわけです。
ところが、後手が横歩取りに持ち込もうとすると、先手は矢倉も角換わりも指せなくなってしまいます。
そのため横歩取りには、自分のペースに引きずり込む力があると言えるのです。
「横歩取り」という名前の理由を考えてみます。
居飛車で飛車先の歩をどんどん伸ばしていき、歩を交換しながら飛車が前に出る。
その前に出た飛車の「横」にある「歩」を「取る」ので「横歩取り」と呼ぶわけです。
横歩を取るのは先手ですが、「私の横歩を取ってもいいですよ」という局面に誘導したのは後手の方だというのがポイントです。後手が「横歩を取らせた」のです。
その意味では、「横歩取り」という戦型は「横歩取らせ」と呼んだ方がわかりやすいかもしれません。
先手は横歩取りを回避できる
後手が「横歩を取らせ」ようとしてきたとき、先手としてはその誘いに乗らないという手もあります。
横歩を取らずに、おとなしく飛車をまっすぐ引いておく指し方もあるのです。
けれども、プロの実戦では横歩を取る場合の方が圧倒的に多いです。
なにしろ歩を取れば「駒得」になります。先手番ならではの有利さを追求するなら、横歩を取った方がいいという考えなのでしょう。
歩を一枚得するということは、先手と後手で歩が「9枚vs9枚」の互角の戦力だったものが、「10枚vs8枚」になるということなので、その影響は大きいといえます。
「駒得」できるからこそ、先手は横歩を取って、後手の誘いに乗ることが多いのです。後手としては、駒損のぶんを他の面で取り返さなければいけません。
後手が横歩取りを指す狙い
では、歩を損してまで「横歩取り」の戦型に持ち込んだ後手の狙いは何なのでしょうか。
一番の狙いは「主導権をにぎる」ということです。
横歩取り以外の相居飛車の戦型では、先手の方が一手先に指せるので、先手が攻めて後手が受けるという展開になりがちです。
ただし「横歩取り」の場合には、先手は横歩を取った後に飛車の位置を立て直す必要があるため、むしろ後手の方が先に攻めの形が作れます。そのため、他の戦型とは違って後手から積極的に攻めていけます。
これが「横歩取り」を指すときの一番のメリットです。
先手の3つの有力な対抗策
主導権をにぎろうとする後手に対して、先手の側には有力な対策が大きく3つあります。
そのうち2つは、ここ数年に現れた作戦です。
まずは「青野流」という作戦。青野照市九段が指し始めたことから、この名前で呼ばれています。また、佐々木勇気六段が勝ちまくって注目された「勇気流」という作戦もあります。
この2つの対抗策の考え方は共通していて、それは「飛車の位置を立て直さない」ということです。
横歩を取った後に飛車の位置を立て直していると、後手に主導権を握られてしまう。それであれば、飛車は横歩を取った位置のまま動かさずにそのままガンガン攻めよう、という作戦なのです。
実際、「青野流」と「勇気流」では先手の勝率が高く、後手は苦しめられています。
また、「青野流」の作戦は将棋ソフトが採用することも知られており、そのことからも優秀な作戦であることがうかがえます。
将棋ソフトの傾向については、以下の記事で詳しく解説しています。ぜひあわせてお読みください。
もうひとつの先手の対策は「▲3六飛」と飛車を引いて、攻めの形を立て直す作戦です。
「青野流」と「勇気流」が登場する前には、先手にはこの作戦しかありませんでした。
そのため、一言で「▲3六飛」と分類しても、さらにその中にはこれまでの歴史で積み上げられてきた数多くの作戦があります。「▲3六飛」は今でも有力な先手の対策です。
このように、後手が「横歩取り」の戦型を選んできたときには、先手には「青野流」、「勇気流」、「▲3六飛」という大きく3つの作戦があります。
そして、このうちのどれを選ぶかは先手が自由に決められます。これが先手の大きな利点です。
後手としては、先手がどの作戦を選ぶのかは事前にはわかりません。
そのため、先手がどの作戦できたとしても互角以上に戦えるように、3つの対策すべてに対して研究して準備をしておく必要があります。
最有力である「青野流」に対抗するだけでも大変だというのに、「勇気流」と「▲3六飛」の準備も万全にしないといけない。
これが大変なため、プロの実戦では後手が「横歩取り」に誘導することが少なくなっているのです。
まとめ
「横歩取り」は後手から誘導する戦法で、後手番ながら主導権を握るという狙いがあります。対する先手の主な対策は、以下の3つです。
- 青野流
- 勇気流
- ▲3六飛
後手はこれらすべてに対応しなければいけないのが大変で、ここ数年は横歩取りの将棋は減ってきています。
このような横歩取りの知識があると、対局中に棋士が考えていることが想像できるでしょう。
そうすると将棋観戦がもっと楽しくなりますよ。