「盤上の詰みと罰」を読みました。
将棋を題材としたマンガで、
とてもおもしろかったです。
そして、
ストーリーを楽しむだけではなく、
作品に込められたメッセージを考えることで、
より深い魅力がわかってきました。
本作のメインテーマと思われる
「記憶」について、
私の感想や考えたことのまとめです。
ネタバレがあるので注意してください。
ちなみに冒頭のイラストは
マンガをお手本に私が描いたもので、
かわいく描けて自分としては満足です。
こちらの記事も合わせてどうぞ↓
「盤上の詰みと罰」の紹介
「盤上の詰みと罰」はこちらです↓
2014年〜2015年にかけて
雑誌連載された作品で、
すでに完結しており全2巻。
それを私は今ごろ読みました。
作者の松本渚さんが現在
「将棋めし」という作品を連載中で、
そちらがおもしろいので
過去作も読んでみようと思ったわけです。
「盤上の詰みと罰」も
「将棋めし」と同様に
将棋が題材です。
本作の大きな特徴が、
主人公の霧島都(きりしまみやこ)に
記憶障害があること。
彼女は17歳のときに倒れて以来
1ヵ月ごとに記憶がその日まで戻ってしまう、
というとんでもない設定なのです。
倒れたときの対局相手を探すために
都は5年間も日本全国の旅を続けます。
そしてついにその人のを見つけて、
再び対局をする…
というストーリーです。
「将棋めし」の記事も書いているので、
合わせてどうぞ↓
記憶に対抗するための武器
さっそくネタバレしてしまいますが、
その5年前の対局者というのは
神乃河新也(かんのこしんや)でした。
都は10歳のときに両親を失くしており、
そのときに隣人であった新也の家に
引き取られました。
それ以来、
新也は都と同居しています。
都は最強の女流棋士として活躍しましたが、
記憶をなくすようになって
女流棋士を引退。
その後は日本全国を旅しつつ
1ヵ月ごとに自宅に戻る
という生活を続けていました。
そして、
あてもなく探し求めた人は
実は自宅にいたわけです。
探しものはいちばん身近にあったということで、
これだけ見るとメーテルリンクの「青い鳥」
みたいな話です。
では、都の旅はムダだったのでしょうか。
もちろんそうではありません。
この作品は都が旅をして
色々な人に出会っていくお話です。
それぞれの人に
それまでの人生があって、
都との対局にかける思いはバラバラ。
そんな人たちとの対局を通して、
1ヶ月間だけではありますが
都は色々なことを学んで成長していくわけです。
1ヵ月ですべて忘れてしまう都に対して、
新也はありえないぐらい記憶力がいい
という設定。
都自身は忘れてしまう記憶も
新也はすべて覚えているという状態が
もう5年も続いており、
それだけでもふたりの間には
記憶の量に圧倒的な差があります。
そのうえ
新也は幼いころから都のことを見ており、
しかも途中からは同居までしているので、
その理解度はハンパではありません。
過去の都のことは何でもわかっており、
都自身以上に都のことを知っていると言える状態。
新也は言わば「記憶の完全体」です。
そんな圧倒的に有利な立場にある新也に対して、
都が唯一対抗できる武器が
「直近の1ヶ月間の記憶」。
都が旅をして積み上げてきた
「直近の1ヶ月間の記憶」だけは
新也も知らない都だけのものです。
新也は都に対して壁を作っており、
それはカンペキでした。
その壁は都のことを
徹底的に分析したうえで作られているので、
本来は都にはやぶることができません。
それを覆したのが
都が旅を通して得た「1ヶ月間の記憶」であり、
その武器を使うことでようやく
新也の壁にヒビを入れられたわけです。
物語のラスト、
新也との対局中に
都はこんなことを考えます。
この一ヶ月で少し変化した私の将棋
それに応じる手からほんの少しだけ
キミを感じる
「盤上の罪と罰」の世界観が
この一文に詰まっていると私は思います。
この1ヵ月間に出会った人や指した将棋は、
すべてこの一局のためにあった
ということなんですね。
そうすることでようやく、
都は新也のことを
本当の意味で知ることができたのです。
「忘れたい記憶」に勝てなかった結末
都のように
ある期間の記憶が完全になくなってしまう
という設定は極端で、
ありえない話のように思います。
でも実は、
記憶が消えてしまうことは誰でもある
のではないでしょうか。
人には自分の身を守るための
防衛本能が備わっています。
それは人間が進化の過程で
身につけたものです。
例えば、
精神的に大きなダメージを受ける
負の体験をしたとき。
それをずっと覚えていると
心に負担がかかり続けて、
いずれ壊れてしまいます。
それを防ぐために、
人の防衛本能がはたらいて、
それをわざと「忘れる」わけです。
また、そこまで強烈な体験でなくても、
人間はイヤな記憶はどんどん忘れていく
という性質があります。
私も心当たりがありますが、
昔を振り返ると
その当時は辛いことや大変なことも
たくさんあったはずなのに、
「昔はよかったなー」
という思い出になりがち。
イヤな記憶は忘れて、
良いことばかりが残るものなのです。
これも心を健全に保つための脳の働きで、
無意識に行われます。
このように
記憶がなくなるということは、
意外と身近なものなのです。
そんなことを頭に置いて、
新也のことを考えてみます。
心から交流することができないまま
対局で負かされた新也は、
都にとって
「忘れたい記憶」の象徴と言えます。
ラストの都と新也の対局というのは
「忘れたい記憶」vs「旅で新たに積み上げた自分」
という戦いなのです。
そう考えると、
よくあるストーリー展開であれば、
都は新也に勝つもの。
旅で得たもののおかげで
つらい記憶を乗り越えることができました。
めでたしめでたし。
これが普通だと私は思います。
でも、「盤上の罪と罰」では
そうはなりませんでした。
けっきょく勝ったのは新也だったんですね。
「新たに積み上げた自分」は
「忘れたい記憶」に勝てなかったわけです。
私も展開を予想しながら読み進めていたわけですが、
これには驚きました。
忘れたい記憶=悪ではない
では、ラストの対局で
新也が勝ったということは
何を意味しているのでしょうか。
ポイントは、
対局が終わったあとに
都と新也がお互いに「ごめんなさい」
と言って許し合っている
という点です。
これは
「忘れたい記憶」というのは
打ち倒すべき敵なのではなくて、
上手に付き合っていくべきものなんだよ
という作者のメッセージなのかなと思います。
過去に起きてしまったできごとというのは
もう変えられません。
それがどんなに
自分にとって都合が悪いものであっても、
切り離すことのできない自分の一部。
だから過去の記憶というのは、
対決する相手ではないわけです。
都と新也の関係で言えば、
戦うこと自体が間違っていました。
そうなると勝敗に意味はないですし、
新也が勝つことによって
「忘れたい記憶=悪ではない」
ということがより理解しやすくなりします。
もし都が勝ってしまうと
「忘れたい記憶=悪」
に見えてしまいがちですからね。
本作の最後。
新也に敗れたあとの都は、
またもや繰り返し旅に出る生活に戻ります。
こんどの旅の目的は、
新也に勝つこと。
もの悲しい雰囲気もあった
それまでの旅とは違って、
ラストシーンの都は心から楽しそうです。
過去のできごとは変えられませんが、
それをどうとらえるかは
自分の姿勢によって変えられます。
都にとって
「新也に対局に負けた」ことというのは
「新也に近づけなかった」こととセットになって
つらい経験だとも言えます。
でも、対局をきっかけにして
「自分が求めていたものを自覚できた」
「新しい目標ができた」
ととらえ直すことで、
できごとそのものを
ポジティブなものに変えられるのです。
実際、
都は楽しい生活を手に入れることができました。
治らなかった記憶障害
記憶に関してもうひとつ意外だったのが、
都の記憶障害が治らなかったことです。
記憶を失くすきっかけとなった対局の
真相がわかったことによって
記憶障害が治ったことにした方が、
わかりやすいハッピーエンドに
なると思うのですが。
この理由も自分なりに考えてみると、
忘れずに覚えているということが
幸せというわけではない
というメッセージなのかなと想像しました。
「盤上の詰みと罰」には、
徹底して悪役が登場しません。
正義と悪に分ける考え方じたいを
否定しているよう。
「あらゆるものは見方しだいで
正義にも悪にもなるもので、
絶対的な正義も悪もない」
という姿勢には共感できます。
それをふまえて、
最後に都の記憶障害が治ったことにした場合、
「記憶障害=悪」
という印象になってしまうことを
作者の松本渚さんは嫌ったのではないでしょうか。
記憶障害があったとしても、
それとうまく付き合っていけば
都のように楽しく過ごしていくことができます。
世の中には「障害者」と呼ばれる人はたくさんいますし、
そうでなくてもカンペキな人間なんていないことを考えれば
誰でも障害者だとも言えるかもしれません。
「障害」があるのは悲しいことではなく、
「障害」が消えれば幸せというわけでもない。
そんなことを考えました。
まとめ
「盤上の詰みと罰」は将棋を題材としたマンガ作品。
記憶障害のある主人公・霧島都が
旅を通じて成長し、
記憶を奪うことになった相手と最後に対決します。
この作品には
「忘れたい記憶は悪ではない」
「そもそも絶対的な悪はない」
というメッセージが込められていると
私は感じました。
「罪と罰」という視点からも考察したので、
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