豊島将之九段、糸谷哲郎八段、稲葉陽八段の3棋士。
順位戦でA級に所属しタイトルを獲得するなど、そろって実績を積み上げています。
若いころから活躍を期待された彼らが実際に活躍できた理由としては、「お互いに競争して高めあってきた」ことが挙げられます。
「関西若手四天王」から3人が活躍
豊島将之九段、糸谷哲郎八段、稲葉陽八段はいずれも関西所属の棋士なので、本記事中では「関西3棋士」と呼ぶことにします。
この3棋士は10年ぐらい前には年齢が近い村田顕弘六段と合わせて「関西若手四天王」と呼ばれていました。
生年月日と現在の年齢を整理すると以下の通りです。
- 豊島将之:1990年4月30日(31歳)
- 糸谷哲郎:1988年10月5日(33歳)
- 稲葉陽:1988年8月8日 (33歳)
- 村田顕弘:1986年7月14日(35歳)
- (年齢は2021年11月時点)
このうち、村田顕弘六段は他の3人と比べると目立った活躍をしていないので、今回は深く言及しません。
「関西若手四天王」と呼ばれていた頃の関西3棋士の実績としては、一例として以下があります。
- 豊島将之
- 最多勝利賞、勝率一位賞(2009年)
- 王将戦でタイトル挑戦(2010年)
- 糸谷哲郎
- 新人王戦優勝(2006年)
- 稲葉陽
- 棋聖戦で挑戦者決定戦に進出(2009年)
若くしてこうした活躍をすると、その後も期待されることになるのです。
関西3棋士はその後も実績を積み重ね、今やトップ棋士として君臨しています。
まず3人とも順位戦はA級に所属。10人しかいないA級棋士のうちの3つを占めているのは、すごいことです。
3人の中でも飛び抜けた存在は豊島将之九段で、近年はタイトルを取りまくっています。
糸谷哲郎八段は棋界最高位である「竜王」のタイトルを一期ではありますが獲得した実績があります。
稲葉陽八段はA級で優勝し、名人に挑戦しました。
このように、3人とも大きな活躍をしているのです。
期待通りにそろって活躍中
「関西若手四天王」などと言われた4人のうち、3人がそろってA級にいるというのは驚くべきことです。
というのも、将棋界では若いうちから活躍を期待されながらも、実際にはタイトル獲得などの具体的な成績を残せない棋士少なくないからです。
「中堅4棋士」はまさにそんな例で、詳しくはこちらの記事をご覧ください。
中堅4棋士は関西3棋士よりもキャリアは長いにも関わらず、4人合わせてタイトル挑戦は1回のみ。
順位戦でも誰もA級に定着できていません。
つまり、順位戦では中堅4人棋士全員が
関西の3棋士に抜かれてしまっています。
「中堅4棋士」はまだ年齢によって衰える時期ではありません。
それなのに、関西3棋士との実績差がこんな状況になるとは、私は10年前にはまったく予想していませんでした。
「中堅4棋士」の他にも、過去に新人王戦で優勝するなどの実績を残してその後の活躍を期待されながら、順位戦でA級まで昇級できず、タイトルに一度も挑戦できていない棋士はたくさんいます。
関西3棋士が10年前の周囲の期待通りにそろってA級に定着し、タイトル獲得や挑戦をしているというのは、本当にすごいことなのです。
お互いの競い合いが活躍の理由か
関西3棋士がこれだけ活躍できた理由は何でしょうか。
それは、「お互いに競争して高めあってきた」ことが大きいと私は考えます。
3人の中でもいち早く活躍してきたのは豊島将之九段です。
2010年にタイトル挑戦を果たし、その後も何度もタイトルに挑戦してきました。
しかし、タイトル戦は4連続で敗退し、苦しい時期が続きました。
そんな豊島さんの活躍に刺激を受けてか、糸谷さんが2014年に「竜王」のタイトルを森内俊之竜王から奪取。
「関西若手四天王」と呼ばれていた時期からずっと、この中で最初にタイトルを取るのは豊島さんだろうと多くの人が思っていただけに、糸谷竜王の誕生は鮮烈でした。
2016年には稲葉さんがA級に昇級し、関西3棋士の中でA級一番乗りを果たしました。昇級してすぐのA級では、いきなり優勝して名人に挑戦。佐藤天彦名人に敗れてタイトル獲得はなりませんでしたが、豊島さんよりも早くA級に昇級して、しかもすぐに名人に挑戦したのは驚きでした。
そして翌年の2017年には稲葉八段の後を追うように豊島七段(当時)がA級に昇級。さらに翌年2018年には、今度は糸谷八段がA級に昇級。関西3棋士がA級にそろいました。
その後、豊島さんは2018年に5度目のタイトル戦にしてついに「棋聖」のタイトルを獲得。さらに約2ヶ月後には「王位」のタイトルも獲得するなど、活躍が続いて現在に至ります。
この関西3棋士の活躍をあらてめて整理してみます。
豊島九段がつねに一歩先を行って活躍していたものの壁を破れないでいました。
その間に豊島さんに刺激を受けて糸谷八段が竜王を取り、さらに稲葉八段がA級に昇級して名人挑戦。
それが良い影響となって豊島九段がついに壁を突破し、一気に大活躍した。こんな流れです。
関西3棋士全員がお互いに刺激を与え合って、高めあってきたように感じられます。
豊島九段の何度ものタイトル挑戦がなければ糸谷八段と稲葉八段の活躍はなかったし、糸谷八段と稲葉八段の活躍がなければ豊島さんタイトルを2つも獲ることはなかったのではないか、と思えるのです。
将棋界における世代間の争い
お互いに刺激を与え合って活躍した例としては「羽生世代」が有名です。
「羽生世代」と言われるのは羽生善治、佐藤康光、森内俊之、郷田真隆、丸山忠久、藤井猛といった面々。
これらの棋士が七大タイトルをほぼ独占する時期が、10年以上も続きました。
関西3棋士は「羽生世代」のように、タイトルの過半数を独占する力があるように思えます。
ちなみに佐藤天彦名人(1988年1月16日生まれ)も年齢が関西3棋士と近いので、世代としては同じです。
ただ、世代という意味では、関西3棋士よりもさらに若い世代も台頭してきています。
それが同い年(1993年生まれ)の高見泰地七段や斎藤慎太郎八段らです。
この二人を中心にした「世代」が関西3棋士よりもタイトル獲得数を積み重ねていく可能性もありそうです。
まとめ
「関西3棋士」として豊島将之九段、糸谷哲郎八段、稲葉陽八段の活躍について書きました。
3人がそろってこれだけの実績をあげているのは、本当に驚くべきことです。
活躍している棋士を年齢が近いというだけで「世代」としてひとくくりにするのは、適当でないかもしれません。
ただ、関西3棋士に関しては、プロデビューの前からお互いに意識して刺激を与えあってきた歴史があり、3人をひとつのまとまりとして考えることは自然です。
むしろ、3人をバラバラにとらえるだけでは、その活躍の理由を理解するのは難しいでしょう。
まだ若い関西3棋士が今後どんな活躍を見せてくれるのか楽しみです。以下の記事も合わせてどうぞ。