
2026年10月26日、歴史上初めて、将棋の女性棋士が誕生することが決まりました。ものすごい快挙です。その日のうちにこの記事を書いています。
本来なら全力でお祝いしたいところなのですが、実際にはそんな気分になれず、モヤモヤしています。
私は女性が奨励会の三段リーグを勝ち抜けて、史上初の女性棋士が誕生するところを見たかったです。Xでポストを眺めていると、同じ想いを抱えている将棋ファンは少なくないように思えます。
こんな気持ちになるのは、女性棋士を誕生させようとして制度がいじられたと感じるからです。私は将棋歴20年で、将棋アマ四段です。どういうことなのか、将棋界に詳しくない人にもわかりやすいように解説しました。
基礎知識:棋士になるには奨励会の三段リーグを勝ち抜けるのが基本
まず基礎知識として、将棋の棋士になるのはものすごく難しいことです。棋士になりたい人はたくさんいるのに、原則として半年間に2人、1年間で4人しか棋士になれない人数制限があるのです。
プロになりたい人は「奨励会」というプロ養成機関に入ります。小学生や中学生のときに試験を受けて、合格して「6級」としてスタートすることが多いです。
そこからは奨励会員どうしの対局を重ねます。対局で勝ちが多ければ、6級→5級→4級→3級→2級→1級→初段→二段→三段と昇級・昇段していきます。三段になると「三段リーグ」と呼ばれるリーグ戦に参加します。三段リーグは半年かけて行われ、この上位2名が「四段」となり、棋士になる仕組みです。
奨励会員には年齢制限があり、原則として26歳までに棋士になれなければ、奨励会を強制的に退会となります。
また、女流棋士は棋士や奨励会とは別の制度です。女流棋士については以下の記事で詳しく解説しています。ぜひあわせてお読みください。
西山朋佳さんは正当な権利を行使しただけで悪くない
先にはっきり書いておきますが、私は女性初の棋士となる西山朋佳さんを批判するつもりはまったくありません。あらゆる手段を使って棋士を目指すのは当然のことで、それがあるべき姿だとも思います。
周りからの期待を背負わされる中で、がんばり続けている西山さんはほんとにすごいし、心から尊敬します。
西山さんはプロ棋士になるのに十分な実力を持っていることについても、大部分の将棋ファンは認めていると思います。少なくとも私は認めています。実力がどうこうについては、この記事で本題にしたいことではないので、深く触れません。
肝心なのは、西山さんが制度上認められた正当な方法で棋士になったということです。
「白玲5期」で棋士なれる制度が作られた
史上初の女性棋士の誕生を素直に喜べないのは、女性棋士を誕生させようとして、制度に手が加えられたと感じるからです。つまり、私が批判したいのは制度そものであり、その制度を作った人たちです。
今回、西山さんが棋士になれたのは、奨励会の三段リーグを勝ち抜けたからではありません。ではなぜ棋士になれたのか、順番に説明していきます。
まず将棋界には「タイトル」というものがあります。その多くでは、すべての棋士または女流棋士が参加して優勝者を決め、その人が「挑戦者」として、タイトル保持者に挑戦します。その戦い(タイトル戦)に勝ったほうが、新たなタイトル保持者となり、約1年間その地位に留まります。タイトル保持者にとって、翌年のタイトル戦は「防衛戦」となります。それが毎年繰り返されるのです。
そうしたタイトルが棋士の世界でも女流棋士の世界でも、それぞれ8つずつあります。なお8つのタイトルは対等ではなく、明確な序列が決められています。
女流棋士のタイトルでもっとも序列が高いのが「白玲(はくれい)」です。そして、この白玲のタイトルを5期(5回)獲得した場合、棋士になる権利を得るという制度が、2025年6月に作られました。
2026年の白玲のタイトル戦が始まった時点で、西山さんはすでに白玲を4期獲得して防衛を目指す立場であり、注目が集まっていました。そんな中、10月10日に西山さんが白玲を防衛して5期目の獲得を決め、プロ棋士になる権利を得ました。
この権利を2026年10月26日に行使して、史上初の女性棋士の誕生が決まったのです。2027年4月1日付で四段となるそうです。
女性だけに与えられた棋士になるルート
モヤモヤの最大のポイントは、「白玲5期」で棋士になるチャンスは、女性にしかないという点です。白玲は女流棋士のタイトルであり、男性には参加する権利がありません。
男性との勝負の結果は考慮されていないのです。だから、このルートで棋士になることは、奨励会を勝ち抜けて棋士なることとは、だいぶ意味合いが違うように感じます。
奨励会では性別による特別扱いはありません。ただ三段リーグで勝ち数が多い人が棋士になるという、単純な仕組みです。ただし実際には、奨励会員のほとんどは男性です。奨励会で戦って勝つということは、男性を相手に戦って勝つことを意味します。
三段リーグを勝ち抜けた女性が現れたときは、「男性ばかりの奨励会を勝ち抜ける強さの女性がついに現れた!これはすごいことだ!」と驚いて喜べます。こういう日が来ることを、私は期待していたようです。
なおプロ棋士になるには「棋士編入試験」というルートもあります。これまでに4人しか合格していない、狭い道です。こちらは棋士5人と戦って3勝以上が条件であり、棋士には男性しかいない(いなかった)ので、こちらも男性を相手に勝つことが求められます。
このように「白玲5期で棋士資格」という制度ができる以前は、棋士になるには男性相手に勝つことが必須条件でした。長年にわたってそうだったのです。それが制度変更によって、1年ちょっと前にいきなり崩されました。
そこを通って「史上初の女性棋士」が誕生したから、モヤモヤするわけです。女性専用のルートなのですから、そこを通るのが女性なのは当然です。
これまで歴史上、女性として誰も突破できなかったルートをこじ開ける人が現れたときに「史上初の女性棋士!」と大喜びしようと、心待ちにしていたのに。新しい制度のせいで、それができなくなりました。
今後、奨励会を勝ち抜ける女性が現れても、棋士編入試験を突破する女性が現れても、その人は史上初の女性棋士にはなれません。
「白玲5期」のルールが作られた背景
西山朋佳さんと並んで、福間香奈(里見香奈)さんも棋士に匹敵する実力を持っています。何年にもわたって、この二人には「史上初の女性棋士」の期待がかけられ続けてきました。
二人が棋士を目指してきた道のりは似ています。二人とも奨励会は三段まで行き、三段リーグを戦いました。しかし、勝ち抜けることはできず退会に追い込まれます。退会後、どちらも棋士編入試験の受験資格を得て、試験に挑戦。ところが二人とも3勝することができず、不合格になりました。あと一歩のところで、棋士に手が届かなかったのです。
そうした流れの中で作られたのが、「白玲5期で棋士資格」のルールです。この制度が作られたとき、白玲のタイトルを持っていたのは西山さんであり、すでに3期を獲得済みでした。つまり、あと2回連続でタイトルを防衛すれば、すぐに棋士の資格を得られるという状況だったのです。
また、女流棋士のタイトル8つは、何年にもわたって西山さんと福間さんがほぼ独占しています。他の女性棋士と比べて、この二人の強さは圧倒的なのです。この状況を考えると、たとえ西山さんがあと2回連続で白玲を防衛できなくても、二人のどちらかが白玲5期に達するのは時間の問題に思えました。
ですから、制度が作られた当時から、「西山さんと福間さんを棋士にするために作られた制度だ」といった意見をXでは多く見かけました。そして実際に、そこから2回連続で西山さんが白玲のタイトルを防衛し、棋士の資格を得たというわけです。
奨励会の三段リーグで夢破れた人のことを考えてしまう
女性専用のルートを作ったのが気に入らないのは、別の理由もあります。奨励会を勝ち抜けられなくてプロになれなかった人のことを考えてしまうのです。
奨励会はすごく厳しいところであり、年齢制限は残酷な制度です。棋士になろうという人のほとんどは、小学生のころから真剣に将棋に打ち込みます。その青春時代の大部分を、棋士になることだけに捧げます。同級生たちが遊んで楽しんでいるときにも、ひたすら将棋だけをやるわけです。
奨励会に入るような人は、将棋では同年代では圧倒的に強くて敵なしです。子どもの頃から「天才」とか「神童」とか言われていることが多いようです。それが奨励会に入ってみると、各地域の「神童」ばかりが集まっていて、自分以上の才能の持ち主がゴロゴロしています。その中で「自分はべつに特別ではなかった」と思い知らされるわけです。
そこから気持ちを立て直してがんばるものの、毎年毎年新しい才能が奨励会に入ってきます。そして年下の人たちにどんどん追い抜かれて、後から奨励会に入った人が先に棋士になって去っていく。お世話になった先輩たちが、年齢制限で退会に追い込まれて、どんどんいなくなっていく。いつかは自分もそうなるのではないかと怯えながらも、できることは将棋に打ち込むことだけ。そんな毎日を10年以上も過ごした末に、ついに26歳になり、最後の奨励会の対局日を迎え、夢を絶たれるわけです。
そんな奨励会を勝ち抜けた人たちの集まりが、現在の棋士の世界です。自分に優しくしてくれてお世話になった先輩が、奨励会を年齢制限で辞めさせられて退会していく。そういう経験を棋士はみんなしています。こういった背景があるからこそ、棋士の世界は特別なのです。
女性専用の棋士になるルートが用意されるということは、こういった奨励会の重みが、ないがしろにされているように感じます。同じように感じている人は少なくないと、私は思っています。
付け加えると、こんなふうに奨励会を重視している私は、棋士編入試験も好きではありません。福間さんと西山さんが試験を受けていたときも、対局を追ってはいましたが、イマイチ盛り上がりませんでした。
まとめ
将棋で史上初の女性棋士が誕生したのに、素直に喜べずモヤモヤする理由を正直に書きました。
西山朋佳さんに非があるとはまったく思っていません。女性棋士が誕生しやすくなるように、制度をいじったのが悪かったと思っています。
私の見方が正しいと言うつもりはなくて、いろいろな意見があるでしょう。あなたはどう考えるでしょうか?


