「3月のライオン」の14巻が
ついに発売になりました。
今回もとても面白かったですが、
私が一番好きなのが
あの感動のラストシーン。
作者の羽海野チカさんが
あの場面で伝えたかったことは何か、
自分なりに考えました。
ネタバレがあるので、
それでもかまわない人だけどうぞ。
「ハチミツとクローバーとのコラボ」については
こちらの記事に詳しく書きました。
14巻のラストシーン
「3月のライオン」14巻はこちらです。
私は「3月のライオン」がずっと大好きで、
漫画の新刊を毎回楽しみにしています。
待ちに待ったこの14巻を読んでみて
一番好きになったのは、
なんといっても最後の場面。
メインヒロインである「川本ひなた」ちゃんは、
主人公の「桐山零」くんが
文化祭に来るのを待ち続けます。
そして、
必死になって走ってやってきた零くんに
ひなちゃんは駆け寄って、
しがみついて泣くのです。
感動しました。
面白くて笑わせる場面が多い14巻ですが、
最後の最後にこんな感動的なシーンを
用意してあるあたり、
作者の「羽海野チカ」さんは
さすがだなと思いました。
14巻の表紙はネコ耳のついた
かわいいひなちゃん。
表紙を見ると
なぜひなちゃんがこんな姿をしているのか、
何をしているところなのかが
気になるところですが、
手にとって中身を読むまでは
その理由はわかりません。
内容を最後まで読んで初めて、
表紙はひなちゃんが零くんのことを
待っているところを描いた場面
だとわかるようになっている。
そんな仕掛けも
うまく考えられているなと
感心しました。
鴨川での場面を思い出す
この文化祭での場面を見ると思い出すのが、
第6巻の最後シーンです。
クラスでいじめにあっている状態で
修学旅行で京都にやってきたひなちゃん。
楽しそうにするクラスメート達の中で居場所がなくて、
他の人を避けるようにして
鴨川にやってきました。
そして、京都の鴨川の川辺にいたひなちゃんのもとに
大阪での対局を終えた零くんが
必死になって走ってやってくる。
突然の零くんの登場に
目を見開いて驚いたひなちゃんでしたが
次の瞬間には涙があふれ、
零くんにしがみついて泣くのです。
このシーンも
何度読んでも感動する、
私が大好きな場面です。
そして、改めて見てみると
この鴨川の川辺のシーンは
「零くんが必死に走ってくる」
「ひなちゃんが零くんにしがみついて泣く」
というところが
14巻の最後の場面とそっくり。
そこで私は考えました。
この2つのシーンが似ているのは、
羽海野さんが意図的にやっていることだろうと。
2つのシーンでは
登場人物たちの行動は似ていますが、
その内面は大きく違います。
あえて同じような行動をさせることで、
その内面の違いを際立たせることが
羽海野チカさんの狙いだったのではないか。
どういうことか、詳しく説明します。
似たシーンの対比の3つのポイント
6巻の鴨川のシーンと14巻の文化祭のシーンで
違うところはどこか。
ポイントは3つあります。
①「悲しい、孤独」か「楽しい、うれしい」か
まず、鴨川のシーン。
ひなちゃんを覆っていたのは
「悲しみ」と「孤独」です。
その当時は学校でいじめが続いており、
ひなちゃんにとっては
とてもつらい状態でした。
一方の14巻の最後のシーン。
ひなちゃんの心にあるのは
「楽しい」「うれしい」という気持ちです。
文化祭の「ようかいカフェ」を
クラスのみんなと一緒に成功させて楽しい。
それだけではなくて、
学校で過ごす毎日がとても楽しい。
そういう幸せな感情で満たされています。
つまり、ひなちゃんの感情は、
鴨川での「悲しくて孤独」と
文化祭での「楽しくてうれしい」で
対比になっているのです。
②「何も考えない」か「零くんのことを想う」か
鴨川のシーンではひなちゃんは
零くんのことは考えていませんでした。
ただひたすら一人ぼっちで孤独。
誰かに助けてもらおうという思いもなくて、
ひたすらその場をやり過ごそうとしていました。
だから、突然目の前に現れた零くんに
驚くことになったのです。
一方、文化祭の場面では
ひなちゃんは孤独ではありません。
周りにクラスの仲間がいて、
一番の親友である「つぐみ」ちゃんも一緒。
文化祭の最中で、
やるべきことがたくさんあって
とても忙しかったはずです。
でも、そんな状況でも
ひなちゃんが考えていたのは
零くんのことでした。
零くんに自分が作ったものを食べてほしい、
今の自分を零くんにみてほしい、
そんなことばかり想っていたのです。
つまり、ひなちゃんから見て
「孤独で、誰のことも考えていなかった」
「周りに友達がたくさんいて、その中で零くんを想った」
という対比になっているのです。
③「受け身」か「零くんを呼び、探し、待つ」か
鴨川の川辺では、
ひなちゃんは自分からは行動を起こさない
「受け身」な状態でした。
普段なら活発なひなちゃんですが、
このときは自分の心を守るために
なるべく何も考えないようにしていたので、
それも仕方がありません。
ひなちゃんが何もできなかったので、
鴨川のシーンでは
零くんがひなちゃんのもとに
「一方的に駆け寄る」ことになりました。
対する文化祭のシーン。
ひなちゃんは零くんのことを想いながら、
たくさんの行動を起こしています。
楽しく過ごしている
自分の姿を見てもらいたくて、
自分のそんな気持ちを伝えたくて、
まず零くんのことを
スマホのメッセージで「呼び」ました。
それから、零くんが早く来ないかと
「待ち」ました。
そして、いても立ってもいられなくなって
零くんのことを「探す」
ということをしたのです。
その結果、
今回は二人がついに会うときには
「お互いに駆け寄る」ことになりました。
つまり、ひなちゃんが
「自分では動けなかった」のと
「自分から零くんを想って動いた」
ので対比になっているのです。
つらい過去を自分の一部にして成長
ここまで対比の3つのポイントについて書いてきました。
では、この「対比」によって
羽海野チカさんは何を読者に伝えたかったのか。
私なりに考えると、伝えたいメッセージは
「つらい過去を自分の一部にして成長した」
ということだと思います。
羽海野さんはつらい過去を
「なかったことにする」とか
「乗り越えて振り返らない」
というふうにするのが良いことだとは、
考えていないような気がします。
むしろ、つらいことや苦しいことは
その時間が過ぎ去った後もずっと残って、
消えることはないものだと。
「辛いことの記憶は抱えたうえで先へと進む」というのが
羽海野チカさんにとっての「成長」なのでしょう。
だからまず、
「零くんが必死に走ってくる」や
「ひなちゃんが零くんにしがみついて泣く」
という行動をもう一度見せることによって、
いじめという辛い過去があったことを
読者に思い出させた。
そのことによって、
今もひなちゃんの中には
そのときの気持ちが消えずに残っていることが
暗に示されます。
その前提があったうえで
3つの「対比」を用意することで、
ひなちゃんがあのときから成長したことに
読者が自然に気付くようにしたのではないかと。
同じような場面だからそ、
その中にある「変わったところ」が
際立つものではないでしょうか。
変わったことを示すには、
基準となるものがあった方がいいのだと思います。
例えば、子どもが成長してく様子を残すのに
頭のてっぺんの高さを
家の柱にキズをつけて毎年残す、
という風習があります。
あのやり方が有効なのは、
「同じ家」の「同じ柱」で
比べるからです。
もし、ぜんぜん別の家や柱なら、
次の年にキズをつけても
成長はわかりません。
同じ理屈で、
「零くんが必死に走ってくる」と
「ひなちゃんが零くんにしがみついて泣く」
という同じ状況があることによって、
「変わった部分」や「成長した部分」に
読者が気づきやすくなっている
のかなと思います。
零くんの変わらない想い
鴨川のシーンと文化祭のシーンでは
「零くんのひなちゃんを想う気持ち」は変わらず同じ
だというのも興味深いところです。
「3月のライオン」の物語の中で
描かれるメインテーマは、
「零くんの成長と変化」です。
だから、物語全体を通して
一番成長して変わったのは
主人公である零くんです。
それなのに、
鴨川のシーンと文化祭のシーンでは、
6巻と14巻の間で長い時間が
経過しているのにも関わらず、
「零くん」に変わりはない。
あくまでも変わったのはひなちゃんの方。
物語を通して大きく変わった零くんですが、
その途中の段階で
決して変わることのない
「ひなちゃんへの想い」が
生まれたんですね。
先ほどの子どもの成長を残すための
柱のキズの例えで言えば、
零くんは「家の柱」に当たります。
ひなちゃんが変わった部分が際立つことで、
それを同じように受け止める
零くんの「変わらない想い」もまた
大きな存在感を放つという
効果が生まれているのです。
まとめ
「3月のライオン」の14巻の最後のシーンについて、
私が考えたことをまとめました。
ひなちゃんの成長や変化が感じられる、
素晴らしい場面でした。
もともと好きだった鴨川の川辺のシーンですが、
このような形でもう一度似た光景を見ることになり、
驚くと同時に大興奮です。
大好きなシーンが山ほどある「3月のライオン」に、
またひとつ好きな場面が増えました。
14巻全体の感想を書こうとしたところ、
ラストシーンについて書くだけで
これだけの文章量になってしまいました。
「3月のライオン」14巻について、
どうしても書き足りないことは
「ハチミツとクローバー」とのコラボ。
そちらについては
こちらの記事に書いたので、
合わせてどうぞ。
15巻の感想も書いています。