価値とは?(2) 有意義な時間とムダな時間

お金と同等かそれ以上に貴重で大事なもの。
それは時間です。

お金をムダにしたくはないのと同様に、
時間もムダにしたくはありません。

では、ムダな時間とは何でしょうか。
逆に有意義な時間とはどういう時間でしょうか。

それを考えていくと、
時間の「価値」は何なのかという問題になります。

前回の記事はこちら↓
価値とは?(1) お金のムダ使い

■有意義な時間とムダな時間の例

価値のある時間として、
多くの人が考えるのは働いている時間ではないでしょうか。

働いている時間は、お金に変わるので
たしかに価値がありそうです。

他には、勉強している時間とか、
家族や恋人と過ごしている時間とか、
趣味を楽しんでいる時間も価値があると考える人が多いでしょう。

では、価値のないムダな時間とはなんでしょうか。
テレビを見ながらゴロゴロしている時間でしょうか。
スマホでゲームをしている時間でしょうか。

たしかに自分にはムダな時間にも思えるのですが、
反論も出てきそうです。

ゴロゴロしている時間は、
「疲れた体を休めているんだ」とも言えますし、
スマホのゲームだって、
「嫌なことを忘れて、楽しんでリフレッシュしているんだ」
と考えれば価値がありそうです。

そんなふうに考えていくと、
「これはムダな時間だ」と決めるのは
実は難しい
のかもしれません。

■時間の価値を考え直してみると

すると、今まで価値があるだろうと
納得していた時間についても考え直したくなってきます。

例えば、働いている時間は有意義だとしましたが、
お金持ちの場合はどうでしょうか。

一生遊んで暮らせるだけのお金がすでにあるとすれば、
楽しくもない仕事を我慢してしている場合、
それはムダな時間を過ごしている感じがします。

家族団らんの時間だって、
家族の誰かとケンカ中だったりすれば
一緒にいるとイライラしたりして気が休まらなくて、
それは意味がないばかりか悪い時間になってしまうでしょう。

このように、有意義だと思っていた時間も、
その価値は絶対的なものではなくて、
場合によることがわかります。

「有意義な時間」や「ムダな時間」と一口に言っても、
それは時と場合と人による。

時間の「価値」というのは、
どうにも非常にあいまい
なもののようですね。

■時間に絶対的な価値はない

前回は、何が「お金のムダ」なのかは難しいという話でしたが、
同様に何が「時間のムダ」なのかも難しいようです。

あなたの周りにも、一見するとムダに見えることを
やっている人がいるかもしれません。

でも、そのムダな時間も、
本人にとってはムダではないかもしれない。

また、自分でムダな時間を過ごしてしまったと
思うことがあるでしょう。

そんなときは視点を変えてみると、
実は何らかの意義や価値がその時間に見つかるかもしれない。

そんなふうに考えると、
ムダだと批判したり後悔することが減って、
他人にも自分にも優しくなれそうです。

時間に絶対的な価値がないようですので、
何が有意義で何がムダなのかは、
考え方しだい
ですね。

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