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将棋をルールから教えられる人は評価されないけれど大切な存在

 
将棋を教える人
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梅澤 浩太郎
将棋講師。棋力はアマ四段。 インターネット上で将棋を教われるサイト、将棋マッチを開設・運営しています。 1987年12月生まれ。群馬県在住。 このブログでは自分でイラストを描きつつ情報発信中。叡王戦を支援しています。 将棋を始めたころからずっと、一番好きな棋士は藤井猛九段。 海外旅行が好きで旅行記も書いています。

将棋を教える人

「将棋を人に教える」
と一口に言っても、
具体的に何をするのかは色々。

教えられる側のレベルによって、
教える側がやることは
大きく変わってきます。

そして、やることが違えば、
それをできる人も変わってきます。

いま将棋界にとって必要で
かつ不足しているのは、
ルールすら知らない超初心者を教えられる人。

ですが、そういう人が不足しているのは
将棋界ではずっと続いていることであり、
今に始まったことではありません。

なぜ初心者を教えられる人が
増えないかと言えば、
「強い人がえらい」
「強い教え子がいる人がえらい」
という将棋界にある認識に
原因があるのではないでしょうか。

将棋が強いことと教えられることは違う

まず前提として、
「将棋が強い人」と
「将棋を教えるのがうまい人」
は違います

アマチュアで言えば
全国大会などで活躍する人はみな
将棋が強い人達ですが、
そういう人全員が
将棋を教えるのがうまいわけでは
ありません。

これは将棋に限らず
野球やサッカーといったスポーツなど、
なんにでも言えることでしょう。

選手として優秀だからといって、
指導者として優秀だとは
限らない
わけです。

このことは
よく知られていることでしょうし、
私も頭の中にありました。

 

一方、
今まであまり意識していなかったのに
最近考えるようになったのは
「将棋を教えるのがうまい人」
と言っても、
その実情はものすごく幅広い
いうことです。

ルールを知らない人に教えるのは難しい

同じ「将棋を教える」
だとしても、
対象者のレベルによって
やることは全然違います。

例えば
将棋のことを何も知らない人には
駒の動かし方やルールから
教えなければいけません。

そういった超初心者に教えるということは、
「将棋を教える」ということの中でも
かなり特殊で難しい領域です。

そして、
「超初心者に教えるのがうまい」
という人は、
「将棋を教えるのがうまい人」
の中にも実はほとんどいなくて、
本当に貴重です。

私自身も将棋講師として
活動していますが、
超初心者に教えるのは
本当に難しいということを
実感しています。

「わざと負ける」ことの大切さと難しさ

先日は将棋の指導者向けの
講習会に参加してきました。

詳しくはこちらの記事をどうぞ↓

 

この講座の中で印象的だったのが、
「この局面でどう負けるか」
という問題が出されたこと。

指導対局中に
自分の玉に詰みがある局面で、
その詰みにどう気付いてもらうか
というのがテーマでした。

講座の講師の方は
超初心者への指導経験が豊富。

参加者が色々意見を出したのですが、
講師の方が正解とする指し手には
なかなかたどり着けません。

「角の利きには気付きにくい」
「駒を斜めに動かすのは苦手」
「駒を成るのはできないことが多い」
などといった
超初心者のクセを頭に入れて
うまく詰まされることが大事、
とのお話でした。

 

こういった考え方があるというのは、
私には大きな衝撃でした。

将棋を上達するにあたっては
「いかに勝つか」ということを
考えるばかりで、
「いかに負けるか」なんてことを
考えることはありません。

ましてやこの講座のように
「負け方」を人に教えてもらうとは、
思いもよらないことです。

でも、将棋の指導者には
本来ならこういう教育が必要なのだなと
理解できました。

 

将棋が強い人には
「負けない手」を指すことが
体に染み付いているので、
人に教えるときであっても
うまく負けることができません

本当は初心者の人に教えるときには
まずは「勝つ楽しさ」
教えることが大事です。

負けてばかりのゲームを
誰も楽しいとは思いませんからね。

それがわかっていたとしても、
強い人が教えると
負けてあげるのは難しくて、
つい勝ってしまうのです。

いちおう
「わざと負けた手をマネして
変な手を覚えると困るから」
という言い訳はあるのですが、
それは通用しません。

 

講座の講師の方は
教え子に「負けました」と言わせるのは
ずっとずっと先のことでいい

とおっしゃっていました。

その通りだと思います。

教える側が
わざと負けることができないと、
厳しい指導になりがちです。

中には厳しい指導によって
強くなる人もいるでしょうが、
勝てなくて将棋の楽しさがわからないまま
将棋をやめてしまう人

多くなってしまいそうです。

せっかく将棋に興味を持ってくれた人に対して、
それではあまりにもったいないです。

 

わざと負けることをせずに
厳しい指導をすることは、
将棋が強い人にとっては楽な教え方です。

ふだんと同じように
将棋を指せばいいわけですから。

そういう楽な教え方をする人が
多い一方で、
そうではない人貴重です。

超初者にルールから教えて、
わざと負けられる人こそが
求められています。

「強い教え子がいる」指導者ばかりが評価されがち

今の将棋界では、
強い教え子をたくさん抱える人ばかりが
高い評価を受けているように感じます。

もちろん教え子を強くすることは
すごいことではあるのですが、
指導者の評価基準として
「教え子の強さ」が
重視され過ぎているのではないかと。

その一方で、
「超初心者から将棋をある程度させるようなった」
という人を育てた指導者は、
評価される場がありません。

 

なぜそうなるのか。

強い教え子を育てた場合は、
その成果が目に見えます。

例えば大会で上位入賞したとか、
奨励会に入ったとか。

 

でも、超初心者にうまく教えて
少し指せるようにした指導者の場合には、
「将棋が弱い人」を生み出したにすぎない
という評価になってしまいます。

将棋を楽しむ人を増やすという意味では
ものすごく大きな役割を果たしているのですが、
その価値が認められていないのです。

将棋は習い事として成熟していない

この「超初心者に教える人が評価されない」
という問題。

これは将棋界だけの問題なのか、
将棋以外の分野では
どうなっているかということで、
例えばピアノを考えてみます。

 

子どもの習い事として
ピアノは人気です。

ピアノの場合は
プロのピアニストを育てるような人もいて、
そういう人は当然有名で
周囲からの評価も高い。

これは将棋と同じです。

でも、ピアノの場合は
プロになるようなレベルには
なれないとしても、
初心者に教えるのがうまい先生というも
評価されている気がします。

ぜんぜんピアノが弾けなかった子を
少し弾けるようにするのがうまい先生は
「あの先生は教え方がうまい」と
近所の保護者の方々から
評判になりそうです。

 

将棋とピアノで
何が違うのかと考えたのですが、
それはズバリ
「習い事としての成熟度」
かなと思います。

将棋を習うということは
ピアノほど一般的ではなく、
まだまだ将棋は「特殊な習い事」です。

そういう業界では、
「超初心者かに最初の一歩を教える」
ということがうまい先生が
高い評価を受ける環境が
整っていないように感じます。

この環境の問題に関しては、
将棋を習うということが
もっと一般的になることを
待つしかないのかもしれません。

でも、将棋をルールから教える人が
貴重なことは間違いないので、
それができる人が評価されるように
早くなればいいなと思います。

 

私が運営する「将棋マッチ」
そうした将棋指導者が
正当に評価される場にできないか、
とも考えています。

「将棋マッチ」のサイトはこちらです↓

まとめ

将棋を駒の動かし方やルールから
教えるというのは大変なことで、
教える側にも特別な能力が必要です。

ですが、このような超初心者に
ちきんと教えられる人は、
指導者として高い評価を受けていません。

大会で上位入賞するような
強い教え子がいる指導者ばかりが
目立っています。

将棋を楽しむ人を増やすためには
将棋をルールから教えられる人こそ
大切な存在なので、
そうした人が評価される環境が
早く整うといいなと思います。

みなさんはどう考えるでしょうか。

 

 

 

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梅澤 浩太郎
将棋講師。棋力はアマ四段。 インターネット上で将棋を教われるサイト、将棋マッチを開設・運営しています。 1987年12月生まれ。群馬県在住。 このブログでは自分でイラストを描きつつ情報発信中。叡王戦を支援しています。 将棋を始めたころからずっと、一番好きな棋士は藤井猛九段。 海外旅行が好きで旅行記も書いています。

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