「学校の勉強に意味があるのか?」への答えを真面目に考えた結果

「学校の勉強に意味があるのか?」
というのは、
多くの人が感じたことがある疑問です。

子どもからこう聞かれたときに
どう答えればいいのか、
自分なりに考えてみました。

結論を書けば、
「意味は自分で見つけるしかない」
というのが答えです。

学校の勉強に意味があるのか

「学校の勉強なんてやって、
何の意味があるんだろう」

「こんなことを勉強しても
普段の生活で役に立たないし、
ムダじゃないか」

子どものときに、
こんな風に思ったことはありませんか?

そして今、子どもから
この素朴な疑問を聞かれたら
きちんと答えることができるでしょうか。

私達は日ごろから、
「これは意味がある」
「これは意味がない」ということを
何気なく決めて行動しています。

しかし、「意味がある」とは
そもそもどういうことなのでしょうか

そこから考え直しました。

意味があるとはどういうことか

さきほどの学校勉強の例で言えば、
親や教師の答えとして
よくある答えは以下のようなものでしょう。

勉強をすれば、いい大学に入れる

いい大学に入れば、いい会社に入れる

いい会社に入れば、将来は安心

こうした意見に賛成かどうかはさておき、
ここで注目したいのは、
話の流れが「→」で表現できる点です。

勉強 → いい大学 → いい会社 → 将来は安心

このように「→」を論理の順番に並べていって、
最後に何か大事なことが出てきて話が終わる。

このように表現ができたとき、
「→」の出発点となったことにも
「意味がある」とか「役に立つもの」
として認められる

一般的にはそう考えられています。

何を論理の矢印の最後に置くか

このとき、何を「→」の最後に置くかが肝心です。

勉強の例で言えば、
最後に「将来は安心」だから
勉強に意味があるとしました。

でも、「将来は安心」は
本当に望ましいことでしょうか。

例えば、安心な将来よりも
スリルがあって面白い将来がほしいという
子どももいることでしょう。

ゴールである「安心な将来」が否定されると
「いい会社に入る」意味がなくなり、
すると「いい大学に入る」意味もなくなり、
最初の「学校の勉強」の意味もなくなってしまいます。

これでは、子どもの質問に
答えることができたとは言えません。

このように、
「→」の最後に何を置くかというは
実は難しい問題です。

何かに意味があることにしたいのであれば、
最終ゴールには誰が見ても
意味のあることをもってきたい
ところです。

では、反対意見が出てきにくいゴールとして、
「世界平和」と「地球の環境問題の解決」を
考えてみましょう。

これらは、ものすごく重要で
意味があることに思えます。

ですが、そうしたことでさえ、
「だからなんなの?」
と問われると答えるのは難しいもの。

こう考えてみたらどうでしょう。

この広い宇宙の中に無数にある
惑星のひとつに過ぎない「地球」や、
そこに存在する「人類」がどうなろうと、
それが宇宙にとって
どんな意味があるというのか

人類が戦争でみんな死のうが、
地球の自然環境がすべて失われようが、
おそらく宇宙規模で考えれば
何が起こっても意味などない。

そう考えると、
「世界平和」とか「地球の環境問題の解決」でさえ、
「→」で結んでいった論理の流れの最終ゴールとしては、
十分ではない気がします。

「宇宙にとって何の意味があるか」
なんて考えてしまうと、
もはや意味のあるゴールなどなさそう。

さらに言ってしまうと、
宇宙そのもの自体も
何のために存在しているのか不明です。

「宇宙がある意味」すら
ないのかもしれない
のです。

すると、「→」でいくら論理を組み立てても、
不毛なことに思えます。

宇宙が存在する意味すらわからないのに、
ちっぽけな地球に住むちっぽけな存在の私達の行動に
どうして意味なんてあると言えるでしょうか。

言えるわけがありません。

人が意味があると思えば、意味がある

このように、「意味があるのか」と聞かれて、
「これはこういう理由で意味がある」
と言い切るのは、実は非常に難しい。

というか、できません。

では、何をもって
意味があることにするか。

私の回答はこうです。

「人が意味があると思えば、意味がある」

これしかないかなと。

つまり、人の「主観」で決めてやるということ。

宇宙を基準とした客観的な見方では
「意味がある」と言うことはできないので、
ものごとの意味は主観的に決めるしかないのです。

言い換えれば、

人が「意味がある」と考えれば
それは「意味のあること」になるし、
「意味なんてない」と考えれば
それは「意味のないこと」になる

ということです。

今の自分にはこの答えがしっくりくるのですが、
そのあたりの思考はこちらの記事にも書きました↓

「学校の勉強の意味」への私の回答

以上を踏まえて、
冒頭の「学校の勉強に意味があるのか」
という子どもの問いに真面目に答えるとすれば、
私の考えはこうです。

「学校の勉強の意味は、
君が自分で見つけるんだ。
私なりの答えを教えてやることはできるけど、
それは正しいとは限らない。人が100人いれば、
100通りの意味がある。勉強に限らず何ごとに関しても
『意味があるのか?』という問いへの
お手軽な回答なんてないから、
自分で考えるしかないんだ。」

まあでも、
こんな答えで納得してもらうには、
子供との間にしっかりとした信頼関係がないと
難しいでしょうね。

「意味があるのか」という問いは
シンプルに見えて、
実はかなり奥深いです。

みなさんはどう考えますか?

この記事を書いた私、梅澤浩太郎は
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