老いを受け入れよう~医療費問題に関連して~

老いを認めて、
肉体的に衰えていくことを
受け入れて生きていきましょう。

当たり前のことに思えますが、
実際に自分が老いていくということを
認めるのは簡単でありません。

そして、そんな心につけ込むのが
医師であり、病院などの医療機関です。

医療費の爆発的な増加が
社会的な問題になっていますが、
その根底には
私たち一人ひとりの「老い」に対する
甘い認識があると私は考えています。

■「体が痛めば病院へ」は正しいか

老いてくれば、
人によって程度の差こそあれ
誰でも体のあちこちが
悪くなってきます。

例えば、
歩くと膝が痛むようにもなってきます。

その痛みの原因は「老い」です。

ただ、痛みがあれば
何はともあれとりあえず病院に行くのが良いこと、
という考えがなぜか現代社会では
一般化しています。

そのため誰もが疑うことなく
病院に行って医師に診断してもらい、
同時に本当に必要なのかと疑問になるほど
たくさんの検査をすることになります。

そして医者は、
「変形膝関節症ですね」とか
「骨粗しょう症もありますね」
などと病名を告げてくるのです。

すると、病院に行った老いた人はどう感じるか。

たいていの人はこう言って喜ぶのです。

「じゃあ、治るんですね」と。

■医師の立場から見ると

これが、医療機関を受診することの罠です。

医師は決して、
どこかが痛むことが「老い」のせいだとは
口にしません。

あらゆる痛みや体の不具合には
それらしい病名が付けられていて、
治療法や薬も用意されています。

医師はそれらの病名の中から
最も適当なものを選んで
目の前の人に告げてやればいいのです。

そうすればその瞬間から、
病院に来た人は「患者」となり
様々な薬や定期的な来院が
必要な人物となります。

そして、その「患者」が支払うお金が、
医師や病院の収入となるのです。

その上、一人が抱える病気が多ければ多いほど、
たくさんの薬や検査や来院が必要になって、
効率よく収入も増えることになります。

ですから、医師はなるべくたくさんの検査をして、
「患者」が感じていた体の不調の一つひとつに
病名を与えてあげます。

そうすることで、
医師や病院は自らが得るお金を
増やすことができるのです。

しかも、このことは不思議なことに、
「患者」を喜ばせることにもなるのです。

■老いた人の立場から見ると

なぜ病院に行った老いた人は、
自分が様々な病気を抱えていると知らされて
喜ぶのか。

それは、「病気であれば治る」からです。

「病気が治ればまた昔の状態に戻れる」という
希望を持つことができるからです。

そのため、病気の治療に
多くのお金と手間と時間がかかることなっても
喜んで医師の言うことに従ってしまいます。

逆に、老いた人が受け入れたくない
現実とは何か。

それは、自分が老いたということです。

自分の体の様々な不調の原因が
「老い」にあるとすれば、
それはもう治ることはありません。

もう、昔の状態の自分に
戻ることはできません。

だから、自分が老いたとは思いたくない。

認めたくない。

今の自分の体の不調は、
あくまでも一時的な病気のせいだと
信じ込もうとするのです。

■ギブアンドテイクの関係

このように、
老いた人と医師の関係は
ギブアンドテイクです。

医師が病名を与えて
薬や治療を施すことは、
老いた人の心を救うのです。

「あなたの具合が悪いのは病気のせいです。
老いたせいではないのですよ。」と。

また一方、
医師や病院は「お金」という
わかりやすいものを
老いた人から受け取ることになります。

このギブアンドテイクの関係は、
老いた人が死ぬまで続くことでしょう。

この両者とも大満足の関係は、
老いた人と医師の中だけで
完結するのであれば、
何の問題もないのかもしれません。

ただ実際には、
そこには多大なる公的資金が
投入されています。

老いた人が負担するのは
実際に「治療」にかかったお金の
1割〜3割に過ぎません。

残りの7割〜9割は
公的医療保険制度で補われます。

そのお金の元となるのは、
健康な若者が支払う保険料や
税金などです。

現在、公的医療保険からの支払いが
爆発的に増えていることが問題になっています。

ここままでは制度自体の存続が
危ぶまれているほどです。

その背景には、
老いた人と医師との
ギブアンドテイクの関係があるのです。

■「老い」を直視し、受け入れよう

老いた人と医師との
馴れ合いの関係は
解消しなければなりせん。

その関係は、
両者以外の大勢の人(主に健康な若者)に
支えられた無理のあるものであり、
今後も維持していくことはできないからです。

そのために必要なのは、
私たち一人ひとりが
自分の「老い」を直視することです。

年を重ねれば、誰でも老いてきます。

そこから逃れられる人はいません。

自分はまだまだ若い、
この不調は一時的な病気のせいだと思うのは
甘えです。

その甘えを断って、
自らの老いた体に向き合うことが必要です。

自分の老いを認めて受け入れることで、
初めて精神的に得られる何かがあるはずだと
私は考えます。

「老い」が悪いことばかりだというのでは、
あまりに寂しいではありませんか。

医療費の増大に関して、
何にでも病名を付けて「治療」をしようとする
医師や医療機関を責めることもできますが、
それは本質ではありません。

なぜなら、老いではなく病気のせいにすることは
私たち「老いていく人」が
望んでいることでもあるからです。

私たちの意識が変わらないことには、
医師や病院の対応にも変化はないでしょう。

病気のせいにした方が、
医師や病院はもうかるのですから。

まとめます。

病名をたくさん抱えて、
薬をたくさんもらって、
喜ぶのはもう終わりにしましょう。

自分の老いを受け入れるんです。

そうすることが
自分の人生の最後の期間を充実させ、
誇りを持って過ごすことにつながるのだと、
私は考えています。

この記事を書いた私、梅澤浩太郎は
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