価値観を変えた言葉との出会い「幸せは自分の心が決める」

前回は、自分が客観重視から主観重視へと
考え方が変わったという話をしました。

思い返してみると、
考え方が変わったきっきかけは
あの言葉との出会いだったのかな、
と思い当たるものがあります。

その言葉とは、

「幸せは自分の心が決める」

です。

自分の記憶が消えないうちに
そのときのことを
書き残しておきます。

それはちょうど10年ほど前、
自分が20歳のときでした。

前回の記事はこちら↓
客観重視から主観重視へ

■この言葉との出会い

この言葉に出会ったのは、
平成20年2月2日のことでした。

当時、私は大学2年生で、
将棋部に在籍していました。

あるとき将棋部の先輩から、
とある将棋のプロ棋士が
私たちの大学に講演に来ると連絡があり、
将棋部の仲間で行くことに。

私はそのとき、
せっかくだからその棋士のサインをもらおうと、
その棋士の著書を持参することにしました。

ちょうど一冊だけ持っていたのです。

会場は大学の文系の学部が集まっているエリアにあり、
物理学専攻の自分は
近づいたこともない場所でしたが、
普段は授業が行われていそうな部屋でした。

それほど広くない部屋に集まった人は
想像していたのより少ない50人ほどで、
わりとアットホームな雰囲気で
講演は行われました。

このときの講演の内容自体は、
ほとんど覚えていません。

しかし、その後のことは
今でもはっきり記憶に刻まれています。

その講演が終わった後、
自分は勇気を出してその棋士のところへ行き、
著書とサインペンを差し出して
サインをお願いしたのです。

気さくに応じてくれ、
表紙をめくったところにサインしてくれました。

私はその棋士の名前を書いてもらおうと
思っていただけなのですが、
その人は私の名前を聞いて◯◯様と書いてくれ、
日付も書いてくれました。

そのときの日付が今でも正確にわかるのは、
このおかげでです。

そして、リクエストしたわけでもないのに、
ある言葉を書き記してくれました。

それが、

「幸せは自分の心が決める」

だったのです。

■意味の説明はナシ

この言葉の意味は、
私にはすぐにはわかりませんでした。

講演内容と関連していたわけではなく、
その棋士もこの言葉に関する説明は
一切しませんでした。

もしその場ですぐに
「この言葉はこういう意味なんだよ」と
教えられていれば、
私はそれであっさり納得して、
そしてすぐにこの言葉のことを
忘れていたのではないかと思います。

でも実際にはそういった説明がなかったため、
この言葉が意味することは
自分で考えるしかありませんでした。

その後私は、
なんとなくその言葉が心に引っかかったまま、
毎日を過ごしていきました。

ときどき思い出して、
この言葉のことを考える。

そうしていく内に、
この言葉は徐々に消化されて、
自分の一部になっていった。

そんな気がします。

■「幸せは自分の心が決める」の意味

「幸せ」というずいぶん大きなテーマを
扱っている言葉です。

私が考えた言葉の意味は
以下のようなものです。

「人から見たらそうは思わなくても、
自分が幸せだと思えば
それは幸せなんだよ。

逆に、人から見れば幸せそうでも、
自分が幸せだと感じられなければ
それは幸せではないんだよ。

自分が心から幸せだと思える、
そういう状況を目指そう。」

人は誰でも幸せになりたいと考えています。

でも、そのために何をどうすればいいのかは、
誰も教えてくれません。

お金を得て欲しいものを買う、
家族や友だちと仲良くする、
仕事で他人から認められる成果を出す、
趣味の時間を楽しむ。

これらはどれも、
幸せと関係がありそうです。

では、こんなふうに幸せに関わることを
片っ端から挙げていって、
それを全て手に入れれば、
人は幸せなのか。

それはそれで、
幸せとは言い切れない気もします。

そんな、誰もが手に入れたくても
つかみどころのない幸せ。

そこにひとつの方針を与えてくれるのが

「幸せは自分の心が決める」

という言葉だと思います。

■主観重視への変化のきっかけ

いま改めて考えてみると、
この言葉は明らかに「主観」に基づいた
言葉です。

「幸せ」というものはある意味、
科学とは別のところにあります。

客観的事実をいくら積み上げたところで、
正確には検証も再現も
できないものだからです。

そんな客観が力を発揮しない
「幸せ」というもののことを考えることで、
物理学を専攻する「客観」大好きだった私の心は
徐々に「主観」を大事にするように
変わっていったのでしょう。

「幸せは自分の心が決める」
という言葉の意味を
長い時間をかけて考えることによって、
私のものの見方の根っこの部分が
変わっていったのです。

20歳という多感なときに
この言葉と出会ったということも
大きく影響している気がします。

同じことが30歳の今あったとしても、
そのインパクトは当時よりも
小さくなるのではと思います。

この言葉との出会いがなければ
今の自分は全然違うものの考え方をする
人間になっていたのではないか
と思うと、
なんだか不思議な感じがします。

この言葉をくれた棋士には感謝しています。

人は誰でも、
自分にとって転機となる出来事を
持っているものなのかもしれません。

みなさんの場合はどうでしょうか?

この記事を書いた私、梅澤浩太郎は
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