がんばる人を助けたくなる気持ち

がんばる人を見ていると、
人はその人を助けたくなる。

そんなことを最近、感じます。

これは実生活の中でというよりも
昔見た映画などをもう一度見たときに、
思ったことです。

以前は感じなかったことを
年をとったからなのか、
最近では感じるようになってきました。

■不思議だったお助けキャラの存在

ストーリーがあるもの、
特に冒険する少年や青年が
主人公であるものを見ていると、
ある共通点があることに気づきます。

主人公の少年を助ける大人が
多く登場してくるのです。

ゲームで言えば、
いわゆる「お助けキャラ」というやつです。

これはゲームに限らず、
映画、アニメ、漫画、小説、演劇など
ジャンルを問わずに共通します。

少年を助けてくれる大人が多いことが、
昔から不思議でした。

そんなにちょうどよく、
助ける人なんて現れるわけないじゃないか。

ストーリーを進めるためのご都合主義だ。

こんなふうに思っていました。

しかも、大抵の場合、
主人公を助けてもその大人たちには
たいした得がないのです。

そしてあげくには、
主人公を助けるために死んでしまったりします。

そんなことあるわけない!

なぜそこまでして、主人公の少年を助けるのか。

当時の自分には理解できなかったのです。

■ストーリーを追う視点が変わった

ところが。

ここ数年、
昔見たことのある映画をもう一度見ていると、
「お助けキャラ」たちの
気持ちがよくわかる自分
に気がついたのです。

昔は理解不能だった大人たちの気持ちに、
今では共感できました。

少年を応援したくなるんですね。

自分の信じるもののために、
困難にぶつかってもあきらめずに
かんばり続ける姿。

その姿に自分の昔を重ねて、
自分が果たせなかったものを
果たしてくれと応援したくなる。

そんな気持ち。

それは損得を考えてで動くのとは、
まったく別のことです。

昔は主人公の少年に自分を重ね合わせて
ストーリーを見ていましたが、
いつの間にか「お助けキャラ」の視点で
主人公を見るようになっていたんですね。

年齢とともに見方が変わっているわけで、
自分のことながら面白いなと感じました。

誰でもこういうふうに
変わっていくものなんでしょうか。

■実はリアルなお助けキャラ

自分の持論として、
名作というのは
見るたびに感じ方が変わるもの
だと思っています。

それを今回、改めて実感しました。

自分も年を重ねることにによって、
主人公を助ける大人の気持ちがわかってきました。

彼らはご都合主義で配置されていたわけではなく、
がんばる少年の近くにいる大人は
自然に少年に手を貸したくなる。

そういうものなんだなと。

お助けキャラ」の存在は、
実は意外とリアルに近い
のかもしれません。

ただ、「お助けキャラ」の気持ちが
わかるようになったからといって、
自分がもう主人公にはなれなくなったとは
思いたくありません。

少年に刺激をもらいつつも、
自分が自分の人生の主人公だとということで、
精一杯何かに向かって
がんばっていきたいですね。

みなさんはどう考えるでしょうか?

この記事を書いた私、梅澤浩太郎は
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