「健康を大切に」に潜む危険-誰も反対できない大義名分-

「健康を大切に」という考えは、
実はとても危険なものではないかと
私は考えます。

それは、誰も真っ向から
反対することのできない
大義名分だからです。

「健康のため」と言いさえすれば
何でも許されてしまう。

歯止めが効かなくなる。

そして、社会全体が
とんでもない方向に進んでいく
恐れがあります。

突然始まった「健康経営」

私には、印象深い経験があります。

私が新卒で入社した会社にいたころ、
突然「健康経営」というものが始まったのです。

「社員は大事な会社の財産」
「社員の健康を大事にする会社にしよう」

といったことを経営陣が掲げ始めました。

具体的には、社員全員に万歩計を配布したり、
事業所のいたるところに体組成計を設置したり、
健康のためのイベントを開いたりしました。

社員の反応は、おおむね好評。

誰でも多かれ少なかれ
健康には関心がありますし、
会社が自分たちの健康を
大事にしてくれるというのであれば、
悪い気はしません。

金銭的な自己負担は一切なくて、
色々な設備やイベントの賞品などの
恩恵は得られるのですから、
良いことづくめです。

私はちょっとひねくれていて、
「会社は力を入れるべきところが違う」と
冷ややかに見ていました。

そこにお金と時間を掛けるより、
より良い製品を作って売って、
利益を得ることに集中するべきだろうと。

というのも普段、
会社の経営陣から
「良い製品を作ろう」とか「利益を増やそう」
なんてメッセージは社員に
ほとんど届きませんでした。

それなのに、健康経営」のときだけは
経営陣からのメッセージが
明確に届いてきました。

そのうえ、すんなりとその方針が
末端社員の一人ひとりまで浸透した
ので、
気味の悪さを感じたものです。

「健康」というキーワードには
これだけの力があるものなのかと、
私はそのとき実感しました。

健康至上主義の未来社会

健康のためと言われれば、
深く考えずに従ってしまう。

これは会社の中だけでなく、
社会全体にも言えることです。

超高齢化社会を迎えている日本では、
「健康」は社会全体にとって
重要テーマ
です。

誰もが賛同する
「健康を大切に」という大義名分を
推し進めていったらどんな社会になるか。

私が好きな小説で
「ハーモニー」という作品があります。

アニメ映画化もされました。

こちらの作品では、
「健康」があらゆる価値観の中で
最上位に位置づけられた未来
が描かれています。

健康のためということで、
人体に埋め込まれたシステムから
体の状態に関するあらゆるデータが送信され、
政府に握られています。

そのデータを元に薬を提供されたり、
色々な行動を促されたりするので
人々はみんな健康。

みんなが適正な体重を保っているので
太った人もやせた人もおらず、
個性が消えて
誰もが同じような外見をしている。

健康で平和だけれど、
気味の悪い社会です。

こうした社会は、
本当に実現する可能性があると
私は感じました。

健康とテクノロジーは相性がいい

突然そんな社会にはならないにせよ、
健康を厳しく管理する方向に
社会は向かっています。

なぜ、「健康」がこんなにも
管理されるようになってきたのか。

その原因として、テクノロジーが進歩して、
健康に関する情報が
得やすくなった
ことがあります。

今や多くの人がスマートフォンを持っていて、
そこからは歩数や移動距離などの情報が
収集できます。

さらには腕時計型などのウエアラブル端末も
普及してきており、
心拍数や運動力など、
さらに健康に直結するデータまで
簡単に集まるようになってきました

今まではなんとなく
「運動は健康にいい」とか
「早寝早起きは健康にいい」とか
言われてきましたが、
現在ではデータによって
その効果が検証されるようになってきています。

こうしたデータを利用した
生命保険などのサービスも
すでに始まっているようです。

その人の生活習慣から
将来病気になる確率を計算して、
保険料を算出するというもの。

こうしたサービスが広がれば、
自分のプライバシーを守るよりも
健康情報を提供した方が得
という
風潮になっていきます。

テクノロジーの進歩が
健康に関する情報の収集と共有を簡単にして、
「健康を大切に」というスローガンを
徹底的に実践する社会の実現を
手助けしているのです。

命に直結する「健康」は利用される

「健康」は政治を行う人に
利用される恐れもあります。

政府やカリスマ指導者が、
民衆を思うがままに操ろうとするのは
いつの時代も変わりません。

昔は戦争を起こして、
人々に命の危機を感じさせて、
民衆のコントロールに利用してきました。

でも今は、
戦争を起こすような時代じゃありません。

だから近年では民衆を動かす手段は、
お金などの経済面ばかりでした。

ですがここにきて、
「健康」という手段が出てきました。

そして、「健康」は戦争と同じくらい
命に直結した問題
です。

「この政策は国民の健康を守るために必要」

「国民の健康を害するこの脅威に対抗するため、
政府の権限を強化する必要がある」

こんなふうに「健康」をアピールに使ってやれば、
命を人質に取られた民衆は、
政府を支持するしかなくなるかも。

「健康のため」と言えば、
どんな政策も許されてしまう。

「健康」が免罪符になるのです。

「健康」が人の自由を奪う

「ハーモニー」の作品内では、
どれだけ模範的な生活をしているかで
個人が点数化されています。

健康的でない生活習慣を持つ人は
点数が低くなり、
就ける職業も制限されます。

今はタバコに関して、
似たような状況になっています。

タバコを吸える場所は
どんどん制限されて、
喫煙者は肩身が狭そうです。

タバコを吸う場所の制限に関しては
受動喫煙を防ぐという
目的が前面に出されており、
喫煙者自身の健康被害については
自己責任ということになっています。

ですが、「健康を大切に」を
スローガンにする社会では
自己責任では済まされません

今後は「ハーモニー」内の社会のように、
健康的な生活をするようにという
社会的な圧力が高まっていくでしょう。

外国ではすでに、
スナック菓子やコーラなどの甘い飲み物にも
政府が税金をかけたりしています。

そうして、「健康のため」ということで、
私達の自由は制限されていく
ことになります。

自由を制限する政策を進めるときには、
政府はマスコミ対策を万全にします。

「これは健康に悪いですよ!」
「こんなものは社会から排除するべきです!」
と報道機関を使ってあおりまくるのです。

そして多くの人が、
「健康のためなら仕方がない」と、
自由を制限されてることを
受け入れていきます。

タバコが社会から取り除かれているように、
今後は色々なものが
「健康」のスローガンによって
排除されていく
のではないでしょうか。

「健康」が抱える危険に気付こう

健康のことばかり考える人生って、
面白いでしょうか?

健康のことなんて気にせず、
自由に生きたい人だって
存在していいはず。

私は個人の自由が奪われるようには
なってほしくない
ですが、
社会は確実にその方向に進んでいます。

「健康のため」を推し進めていった結果、
いつの間にか
自由もプライバシーもない社会が
できあがっていく気がします。

私が危ないと思うのは、
「健康を大切に」というスローガンが
これだけの危険を抱えていいることに
多くの人が気付いていない
こと。

誰も反対することができない「健康」には、
社会をとんでもない方向に動かせるだけの
ものすごい力があります。

気をつけましょう。

この記事を書いた私、梅澤浩太郎は
「将棋マッチ」というサイトを運営しています。

「将棋マッチ」は将棋を教わる・教えるマッチングサイト。

インターネットを活用することで、
誰でも自宅で手軽に
将棋をマンツーマンで教わることができます。

よかったらサイトをのぞいてみてください↓

将棋マッチ


       
スポンサーリンク
レクタングル(大)広告

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
レクタングル(大)広告